1939年 神戸市に生まれる。 1955年 三菱重工神戸造船所に就職。1998年の定年退職までサラリーマン生活を続けながら旺盛な作家活動を展開。 1965年 第15回具体美術展(具体ピナコテカ、大阪)に初出品
1966年 具体美術協会の会員となり、1972年3月末の解散まで在籍。
1975年 神戸の居酒屋「ぼんくら」で作家仲間と月例の作品発表を始め実験の場とする(「ぼんくら」は2008年5月に閉店となったが、月例会は場所を変え今も継続されている)。
1985年 この頃から「あたりまえのこと」を一貫したコンセプトに作品制作を始める。
1998年 フランス南西部トゥルーズ及びフィジャックで松谷武判と二人展。
2002年 「堀尾貞治展——あたりまえのこと」/芦屋市立美術博物館(7月20日〜9月1日):38日の会期中、連日パフォーマンス。
「未来予想図〜私の人生☆劇場〜」/兵庫県立美術館(11月19日〜翌年1月13日):招待作家10名のひとりとして、美術館屋外スペース各所に大量の廃材・がらくたによるインスタレーションを設置。週末にパフォーマンス。
2003年 4月より翌年3月まで1年間「空気美術館in兵庫運河」を開催。自宅近くの兵庫運河の水面を利用し、現場芸術集団「空気」のメンバーとともにインスタレーション、パフォーマンスなどを継続的に展開。
木版画展「妙好人伝」 堀尾貞治(絵師)x周治央城(彫師)/芦屋市立美術博物館(9月6日〜11月24日)。
2004年 フランス北部リールのアート系NPO《artconnexion》に招聘され、現場芸術集団「空気」の有志7名と渡仏(11月20日〜12月5日)。リール市アートセンター「メゾンフォリー・ワゼム」など計5ヶ所でパフォーマンス。
2005年 第2回横浜トリエンナーレ(9月28日〜12月18日)に現場芸術集団「空気」と共に参加。82日間の会期中、会場となった山下ふ頭4号上屋内の「壁」(幅約35m、最大高さ約10m)に毎日違った色を塗り重ねる作業、メンバーが持ち寄った数百点のサムホール作品の展示即売(1000円均一)、毎日14時からの日替わりパフォーマンスとそれに続く「百均絵画」を連日展開。
2007年 3月10日、Resounding Spirit: Japanese Contemporary Art of the 1960s(Carleton University Art Gallery, Ottawa, Canada)関連企画のライブアート・フェスティバルに招かれ、篠原有司男、松谷武判とともにパフォーマンスを行なう。
2009年 富山県立美術館「みんなのアートミュージアム2009」展の関連企画として2日間のワークショップ(1月11、12日)。
ベネチアのフォルチュニイ美術館で開催の「In-Finitum」展(6月6日〜11月15日)に招へいされ、「空気」メンバー3名が同行。6月3日からの内覧会、6月6日のオープニングで現地制作、パフォーマンス。
「水都大阪2009」(中之島公園、大阪)に「空気」とともに参加、会期中パフォーマンスを多数実施(8月22日〜10月12日)。
2010年 旧神戸生糸検査所で《堀尾貞治+現場芸術集団「空気」 あたりまえのこと(同時空間 四角連動)》を開催(9月〜10月)。
2011年 2月、ドイツ・フランクフルトのアートフェスティバル《Frankfurter Positionen 2011》に招へいされ、「空気」メンバー6名が同行。フランクフルトLABを会場にパフォーマンス「Atarimae-no-koto (A matter of course)」を5日間に渡って行う(2月2日〜6日)。
ベルギー・アントワープのAxel Vervoordt Galleryで「Sadaharu Horio / Atarimae-no-koto」展(10月27日〜12月3日)。2005年以来、堀尾作品を蒐集してきたベルギー人コレクター、アクセル・ヴェルヴォールトが主宰するギャラリーでの堀尾にとっては海外初の個展。「空気」メンバー4名が同行し、空っぽのギャラリー内で一から制作を始め、オープニングから3日間に渡ってパフォーマンスを実施。この機会に、ヴェルヴォールト財団による堀尾の作品集「Sadaharu Horio」(英語版、288頁、図版多数)が出版される。
2012年 ストックホルム近代美術館「EXPLOSION ! - Painting as Action」展(6月2日〜9月9日)に出品(8月25日、26日に現地でパフォーマンスの予定)。
2013年 グッゲンハイム美術館 「具体」−素晴らしい遊び場」
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